100人の胃袋を賄う

OBOGインタビュー:丸山寛さん

 

RQの現地ボランティアは、互いをニックネームで呼び合う。丸山寛さんのニックネームは大将。がたいのよさといい、その風貌といい、まさに大将という呼び名がぴったりの丸山さんは、5月の連休以降、何度も現地ボランティアに入っている。1回の滞在期間は10日間前後。すでに1カ月半余りのボランティア活動で大将が関わってきたのは、総務と並び、“ボランティアのためのボランティア”の代表格といえるキッチン班だ。

 

食材を無駄にしたくない。その一心で調理する

RQバスがスタートした連休明け以降、今まで4~5回、現地に行っています。最初は歌津の現場で片づけ作業系の仕事をしたんですけど、2回目に行ったとき、人手が足りないといわれて手伝って以来、周囲の期待もあって、ずっとキッチン担当です。
基本は朝・晩、ご飯と汁物をつくればいいんですけど、大体、常備菜も用意しますね。メニューは定期的に届く根菜類と、地元の方からの差し入れから考えるんですけど、急にどこかから大量の食材が入ると、つい、これもなんとかしようと思っちゃうんです。
登米では8月に、ボランティアの生活場所が旧鱒淵小学校体育館から校舎に移って、調理環境もかなりよくなりました。今は鍋ごと入れられる業務用冷蔵庫があるけれど、前は家庭用の大型冷蔵庫1つでボランティアの食事を賄っていたので、もらった野菜を無駄にしないようにと思うと、じゃあとりあえず塩漬けにしておこうとか、ひと手間かけることになるんです。一度、人参を大量にもらったときには、汁物、おかず、デザートまで、人参づくし、にしたことがありました。
ボランティアの人たちから「こんなにいろいろつくってくれてありがとう」といわれると、もちろん嬉しいは嬉しいんですけど、おかずが増えるのは、食材をダメにしたくない一心からなんです。

 

旅先での賄い経験が大いに生きる

普段から、三度の食事は自分でつくって食べるという料理好きで、お店に行くと、安売りのコーナーでひと山いくらの野菜を買っては、その日に食べきれない分は、発酵・保存食などにして無駄なく使いきる。そんな自炊生活を楽しんでいる大将。つくる規模は違うけれど、やっていることはほとんど変わらない、と話す大将の初めての賄い経験は、旅先だったという。

 

アジアからヨーロッパへの旅の途中に滞在したトルコで、約1カ月間、宿に泊まっている40人分のご飯をつくったんです。その経験があったから、今回、台所を任されても何とかなったのかな、とは思いますね。
RQに来たのは、家が東京本部に近かったのと、あと、友人が現地にいち早く入って総務でボランティアをしていたから。災害ボランティアの経験はなかったけれど、上野でホームレスの炊き出しを何度か手伝っていました。
現地では、できるだけもらったもので何とかすることを基本にしています。災害直後がそうだったように、非常時には買い物にも行けないわけで、でも、炊き出しを待っている人の前で、○○がないから、(ご飯が)できませんでした、とはいえないじゃないですか。やはり災害ボランティアとしては、“ないから買う”ではなくて、ないなりに知恵を絞ってつくることが大事じゃないかと。だから、キッチンを担当する人には、調理経験よりも、食い意地が張っていて、限られた材料でも、とにかくなんとかしてやろうというある種の強引さも必要じゃないかと思います。

 

 

食事が足りなかったら……というプレッシャーのなかで

始まりと終わりの時間が決まっている現場作業に対して、総務やキッチンなど、“ボランティアのためのボランティア”、いわば裏方仕事は、その日の作業のきりがつくまで……と、気がつけば、仕事時間が長くなりがち。でも、大変な分、経験したことはすべて自分の身になっていると思います、と大将はいう。

 

朝は5時に起きて、まずは前日、準備しておいた炊飯器のスイッチを入れて、おにぎりセット(※現場作業をする人たちは、各自昼食用におにぎりをつくる)を用意します。朝食の仕込みはほとんど前日にやっておくので、スタッフには5時半にキッチンに入ってもらい、6時半頃から朝食が始まったら、減り具合を見ながらおひつにご飯を足すのと平行して、空いた鍋の片づけもします。
調理器具の数は限られているので、使いたいときにすぐ使えるように、大鍋はできるだけ空にしておくことも、けっこう大切です。残ったおかずや下準備中の食材を入れるボウルも限られているので、量を見ながらちょうどよいサイズの容器に移し替えるんですけど、これはほとんどパズル合わせみたいなものです。人数が20~30人ならなんとかなるけど、100人分の食事となると、やっぱり日常の感覚とはだいぶ違いますから。
家でもお客さんが来ると、20人分くらいの料理をつくることはあるので、現地でキッチンをやっているといっても、周囲は「あーやっぱり」とか、「まるで違和感ない」という感じですね。
ずっとキッチンにいると、被災地の方と直接、交流することがないので、現地ボランティアに来ているという実感を持ちにくいかもしれません。でも、被災者の方から「震災後、まず、温かいものが食べたかった」「お湯を一杯飲みたかった」という話を聞いたとき、やっぱり炊き出しは意義のある仕事だと思ったし、おいしいご飯があれば、ボランティアの人たちのやる気にもつながるかなと思っています。

 

普段やっていることと変わらないとはいえ、首尾よく準備をすることは、かなり頭を使う作業ではあるし、食事が足りなかったらどうしよう……というプレッシャーもありますよ、と、本音も語ってくれた大将。実は作業系の仕事も好きで、今でも現地入りするときには安全靴や作業用具を持っていくそうだが、自分がより役立つ場所との思いから、キッチンに立っているとのこと。
2年ほど前から自宅に看板を掲げた「谷中生産技術研究所」では、食材を生かし、おいしいものをつくる研究を日々重ねているという。震災前は、変人扱いされていたけれど、震災後は自分の話を聞いてもらえるようになりましたね、というけれど、筋の通った“食”に対する哲学は、実はかなりまっとうで、目から鱗が落ちる話が多々あり、でした。

 

取材・文:つかきょん

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
Post to Google Buzz