(8)災害を通した学び 

 RQは活動当初から「ボランティア活動に参加することが災害教育になる」と考え、さらに災害大国日本における災害教育の重要性を説いてきました。そして、自然学校が災害教育のネットワークを組み、そのスキルと経験を生かして被災住民や地元行政とボランティアをつなぐ役割も担っていこうと活動を広げてきました。これをさらに押し進めたかたちが「自然学校」を通した復興支援という考え方なのです。

>RQの第2フェーズに関する考え方

 

被災地に行こう!

 2008年6月14日、史上最大の地盤崩壊が起きた岩手・宮城内陸地震。その現場で先日、「震災エコツアー」が実施されました。参加者には「被災地にツアーとして入るのは大丈夫なの?」と不安を抱きながら申し込んだという人もいたそうですが、1泊2日の行程を終えて解散したときには、「ぜひ、次回は子どもをつれて参加したい」「もっと多くの人に同じ体験をしてほしい」と、湧き上がる思いを口々に話していたそうです。被災地に入ることにはどんな意味があり、参加者は何を見たのでしょうか。
 宮城側の被災地は山間部の開拓地に集中しました。ズタズタに寸断された道路は使えず、ヘリで避難してきたものの地区に帰ることもできない。年1回の収穫期を迎えた特産イチゴやイワナの養殖場は無人のまま腐熟し、厳しい開拓の暮らしに生活や地場産業の被害が2重にのしかかっていました。ツアー参加者は、そんな大崩壊地を目の当たりにして、幾人もの証言者から話を聞きました。メディアでは報道されない地域の問題、行政の無理解。その中で藁をも掴む思いで苦闘する被災住民、同じく被災にあった「くりこま高原自然学校」の面々。震災のしくみや被災時の話などを聞いた後、「どうしたらいいのか」という議論は深夜までおよび、報道で見聞きする平板な情報とは異なる、さまざまな思いを乗せた肉声との出会いは、本当の情報を得た実感を参加者に与えてくれたのです。

災害大国日本

日本は火山の国。その風土は変化に富む美しい森や湿原に恵まれ、豊富な温泉という恩恵も授かっています。一方で、ひとたび噴火が起きれば、火山は甚大な被害をもたらします。また、世界中で発生するM6以上の大地震の5分の1が、世界のたった400分の1の陸地面積しかない日本列島で起こっているのです。このような災害大国であるにもかかわらず、多くの日本人は災害現場からほんの少し離れただけで、悲惨な被災地とは無縁に立ち居振る舞い、災害への想像力は圧倒的に欠如しています。被災地には、通常、ボランティアとしてしか入ることができず、一般人がなんとか役に立ちたいと思っても、近づくことも適わないのです。

現場で学ぶ災害教育

 災害現場を身近に肌身で理解できるか否かが、災害時の対処に大きく関係してくると私は考えます。それには毎年のように発生している災害現場を「教場」にした「災害教育」がとても効果的なのです。悲惨な災害現場を見学したり話を聞いたりすることに倫理的な疑問を持つかもしれません。それでも私は、災害教育は現場だからこそできるものだと幾多の経験から考えています。安全面での配慮さえできれば、小中学生をバスで現地に入れてボランティアセンターなどを見学させ、被災住民やボランティアから災害の状況や支援の話を聞かせることは貴重な体験となるでしょう。同時に、こうした活動は行政担当者には災害時の効果的な官民協働による救援体制を、企業にはその組織力を生かした救援のケーススタディを提供できるのではないでしょうか。
これまで、わが国で行われてきた災害教育は、被害を未然に防ぐ防災教育が中心で、災害発生時のカオスのような状況下で生き抜く能力を培う教育は体系的に取り組まれてきませんでした。しかし、上記のような災害教育が実施されれば、その効果はきわめて高いでしょう。被災地は特別の聖地ではないし、それだけで危険なレッドゾーンでもありません。そこには被災しつつも生き、暮らしている人々がいるのです。その人々と直に接し、“自分ごと”として震災を捉え直すことは、自分や身近な人を救う力にもなるはずです。
全国津々浦々に広がった自然学校が災害教育のネットワークを組み、ノウハウを交換して力を集めれば、災害大国日本の状況に大きな光を当てることもできます。その高いコミュニケーション力で、被災住民や地元行政とボランティアをつなぐ役割も期待されます。自然学校の活動メニューに、ぜひ災害教育の取り組みを入れていただきたい。知らん顔をせずに、みんなで「被災地に行こう!」。
(東京ガス 環境コラム「被災地に行こう!」2008年12月)

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「災害救援と野外教育」から「自然学校と復興支援」へ  広瀬敏通

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