10月23日(日)

河北でのボランティア作業は、雄勝町の仮設住宅2か所でのお茶っこ(お茶会)と、北上町の民家での側溝のマッドバスター(泥出し)の2手に分かれました。

私は河北に来たのは今回が初めてでしたが、河北といえばマッドバスターだということは聞いていたのでもちろんマッドバスターを希望です。

気合いの入ったメンバーは完全装備でしたが、作業は空の下なので私はヘルメットを除いたフル装備に身を包んで、バンに乗ってマッドバスターの現場へと行ってきました。

現場は北上川の近くの民家で、道を挟んだ向こう側は広い空き地が続いています。広々とした環境でしたが、家主の方がおっしゃるには空き地に見えるその場所は元々は一面の田んぼだったそうです。

家の前にも大きな岩がいくつも転がっていたり、瓦礫だらけで最初は道も通れなかったのだとか。
その後、自衛隊や多くのボランティアの方が来たことで今はずいぶんと綺麗になったそうですが、片付いて震災前の姿に戻りつつある家の姿が嬉しいと笑顔を見せてくれる半面、まだまだ当時の悲しみは深いようで、私たちにたくさんの当時の話を聞かせていただき、そのお話を聞くにつれ少しでもここを綺麗にしていきたいという気持ちが強まりました。

さて、マッドバスターの作業は、その名のとおり泥かきです。
側溝の蓋を持ち上げて、その中に詰まっている泥をかき出すのですが、蓋を上げるにもその上にも泥がつもっているので、まずはその泥を取り除くところから始めました。
東日本大震災ボランティア RQ河北 泥を捨てて笑顔を運びました。
東日本大震災ボランティア RQ河北 泥を捨てて笑顔を運びました。

そして顔をだした側溝の蓋を専用の器具で持ち上げて、中の泥をスコップをつかってかきだします。

この作業にお家の方も入って手伝っていただいたのですが、水分を含んだ泥は非常に重く、側溝にぎっしりと量も多いので想像以上の肉体労働でした。
東日本大震災ボランティア RQ河北 泥を捨てて笑顔を運びました。

スコップで泥をすくい、一輪車に乗せて捨てに行くことを何度も繰り返していくと腕や腰が悲鳴をあげます。

肉体的にはとても大変な作業でしたが、途中途中に家主のご家族の方がお茶や芋煮などの差し入れをくださったり、みんなでお茶をしたり、とまるで家族の一員のようによくしていただいて、終始気合いのはいったまま作業を終えることができました。
東日本大震災ボランティア RQ河北 泥を捨てて笑顔を運びました。

もちろん泥はすべて運び出して、憧れのマッドバスター達成です。
東日本大震災ボランティア RQ河北 泥を捨てて笑顔を運びました。
作業中、お家の方が「震災で家も幸せも流されていったけれど、普段の生活の中では出逢うことのできなかった他県の方や海外のたくさんのボランティアの方に出逢うことができ、たくさんの友人ができたことがとても嬉しい」と言っていたことがとても印象的でした。

その言葉を聞いたときに、これまで自分にはあまり出来ることがないとボランティア活動に踏み出せずにいたのですが、ただ現地に行って被災地の方のお話を聞くだけでも元気づけることができるのだな、と強く思えたと共に、来て良かったと思う事ができました。

私は明日東京へと帰りますが、地元の方との距離が近い河北でのボランティア活動、必ずまた来たいと思います。

 

河北ボランティア 高橋(はし)

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