宮城県登米の現地本部では、仙台以北から岩手県大船渡までをカバーして物資支援を行っています。

登米の小さな体育館では、物資が全面積の60〜70%を占領しているので、ボランティアはおおよそ30%エリアのテント村で、夕べは60人。ギュウギュウ詰めに寝ています。私もエコセン顧問の小林天心さんとむさくるしい小テント生活です。

連日20数台の車両が、通算10〜15トン程度(体積換算)を被災現地にピストンで運んでいます。

 

2〜3日前からいろいろなNGOが支援に入ってきましたが、ほとんどが物資支援なので、時期を失しているなぁと感じています。

物資は基本的には緊急支援で必要なもので、半月以上も経った今、現場では緊急支援物資はほぼ行き渡り、現在は毛布、寝袋、服などの耐久物資よりも、例として調味料や薬品、下着、燃料などの消費財、本、おもちゃ、手鏡といった情緒的な品物にニーズが移行しつつあります。

 

しかし、これらもとめどなくボランティアが供給し続けると、せっかく、復興しようとする地元商店などの経済活動を壊してしまう結果になり、地域再生に逆行してしまいかねません。現に過去の被災地ではこうしたケースが発生しています。

モノからヒトに少しずつシフトしながら、人間のぬくもりが最大の支援であることをみんなで確認して、より被災者に近い位置でのボラセン型の活動を作るべく、汗をかいています。

 

被災地を見下ろす展望台にいたおばあちゃんの話を今日も聞きました。命からがら生き残った90歳のおばあちゃんは、問わず語り話し続けて、それこそ一生懸命に状況を話してくれました。

話す相手が出来て嬉しかったのでしょう。話し終えて私たちの車で避難している親戚の家に送って行きましたが、ずっとこちらを見送ってくれました。

人生で稀有な体験は誰にも話せないことで、放射能のようにじわじわと心に傷を生み出していきます。『話しを聞く』だけでも大事なボランティア活動です。

 

さまざまな組織団体が、創意と工夫を凝らした多様な支援のかたちをとって活動することで、地域にとっては有益で、将来の地域計画にもプラスに作用するような支援が展開できると思っています。

 

RQはこうした地域再生への配慮と現地の状況をしっかり分析しながら、活動を作り出し続けることが不可欠です。

 

今日まで前線の被災地各所でボラセン設置の調整を続けています。ボランティアという見慣れぬものたちを簡単に受け入れてくれる土地柄でも風土でもなく、もう少しのところで肩透かしという場面を繰り返していますが、粘り強く調整を続けて支援活動の中長期の体制を作っていきます。

 

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