第2回・RQボランティア報告会(4/21)より
 
岩手・宮城内陸地震、直後の自然学校の様子
 あの日(3年前)山の上の自然学校には、10名の山村留学の寄宿生と10名のスタッフの20名がおりました。
 天気が良くて。当時は「孤立」と言われたんですが、「自立」した避難生活をしてたと思っていて、自分たちとしては全く山を降りる気もなく、楽しくキャンプしてました。



 電気が止まり、冷凍庫にあった普段食べれないシカの肉を食べたり…、山水があったので。災害の時には自然学校って、メシがよくなるんですね。(注:このとき、スライドに写真に写っているそのときのスタッフのうち、今回の東日本大震災で気仙沼の実家のスタッフ1名がお亡くなりになったとのこと)

 最初は停電で情報がなかったんですが、発電機でTVをつけたら、自分たちのいる場所のそばが震源だと分かったんです。
 現状認識が遅かったんですね。

 だんだん自分たちの置かれた状況が把握できるようになり、深刻なことが分かって。
 危険だということで、自分を含むスタッフ計4名だけ残り、16人で下山しました。そのあと強制的な避難指示がでて、私も3日後に避難所に降りました。


 
 
ボランティアセンターの立ち上げと、イチゴ救済作戦
 避難所の生活がはじまって、ボランティアセンターがなかったのですぐ自分たちで立ち上げました。その時は社会福祉協議会が動かなかったんですね。

 私は冒険教育をやってるんですが、自分たちの被災体験を「冒険体験」だと整理したんですね。そう考えると、避難所でごろごろしてても良かったけれど、Cゾーン(コンフォート・ゾーンの略、自分にとっての安全・安心な領域)超えない限りなにも変化しない、現状打破できない。

 なので、まず行動を起こしてボランティアセンターを立ち上げて、そのあとイチゴをなんとかしようということを地域の人に言ったら、「何バカなこと言ってるんだ、できないでしょ、ムリでしょ。道はないし、ヘリでも行けないし」と言われました。
 でも冒険教育って、〝結果が保証されないこともやる〟ということですから。

 自衛隊のヘリで一時帰宅するときに、ボランティア集めてイチゴを取ってきたいと言ったらダメだと言われました。でも、一時帰宅する家族が持てるくらいのイチゴならいいということでした。
 自衛隊のヘリでは1世帯ひとりしかヘリに乗らないので、41世帯全員登って、疲れて帰ってきました。

 連れていってもらっても一人じゃ何もできないので、一時帰宅した人も元気がなくなってしまって、次の日ヘリの席が20席あまりました。その場でボランティアの人に声をかけたら来てくれたんで、イチゴ農家の親戚として登録して、どう見ても(親戚じゃなくって)他人なんですが、イチゴを40kg降ろした。
 10日も経っていたので、イチゴの粒は傷んで売れないのでジャムにしました。最初から諦めていたら、あのジャムも手に入っていなかったです。


 
東北の人の気質
 この時の経験が、私自身大きかったんです。(3年前の地震は)地域の良いところも悪いところも見えた経験でした。私は岩手の遠野生まれで盛岡育ちです。東北出身の人はなかなか我慢強い。口に出して言わないんです。いろんなコミュニティで関西の人と交わることがあるけど、これくらいのことでもこれくらい(野球ボールがフラフープくらいの大きさになる勢いで)に言う(笑)。
 しかし被災者の方は、ほんとに我慢強いなと思います。自分からは、必要な支援物資にも本当に手を出さないんです。
 
 それから私自身もそうなんですが、みんなで話し合って決めようとか、合意形成のプロセスの経験が、あまりないんですね。
 山村留学で中学生くらいの子を預かっていますと、親代わりになります。そうすると年度初めのPTAの役員会がある。みんなで話し合って役員を決めるのが普通ですが、その時もだいたい「本家の誰々さん」といったように昔からの関係で、地主さんの誰々とか、話し合いの前に決まっちゃうんです。だいたいね。
 
 今回の地震災害のボランティアでも、地域の方と一緒に、なんにもないとこから話し合いのなかで「どうしよう、こうしよう」って決めるプロセスで、なかなか物事が決まらない。何かあると他人様にお願い、まる投げです。話し合いをするよりも、地域の有力者への一任で決まることが多いですね。
 いい面もあるんですが、上に立つ長の方がトンチンカンだと、その集団はトンチンカンになってしまう。その地域がその長さんの意向に(左右されるように)なるので。
 3年前にも、やはり同じ問題があった。いろんな話し合いをして、普段からトレーニングをしておいた方がいいと思いました。
 
 東北の田舎は、長となる人に負担がかかっていると思います。たとえば鱒淵(RQ現地本部として貸していただいている体育館)のとなりの小学校校舎に集団避難で入っている南三陸の方々はすごく統制がとれているんですが、余震のときの区長さんの表情を見てると緊張感があって、負担がかかっている。
 その荷を、分散することが必要かなと思います。
 
>その3

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