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この記事は、 アジア・コミュニティ・センター21(ACC21)様のご好意により、RQの活動に参加された方の英文ブログ(原文は Asians helping TOHOKU #2)を和訳して掲載したものです。

 

ACC21は、アジアの人々と被災者をつなぐ支援体制をつくるべく、日本に留学中のアジアの学生たちを東北の被災地の支援に派遣しています。
7月29日から31日まで、フィリピン、ベトナム、そしてマレーシアから来た6名のアジア人留学生が第2回被災地派遣に参加しました。以下はそのメンバーのGan Siau Sianさんのレポートです。
Volunteer Report by Gan Siau Sien (Malaysia) 2011年7月29-31日

 

私たちは、登米市役所へ行くバスに乗るため、30日の朝6時頃に仙台に到着しました。私たちはどこへ行ったらよいか分からず、6時半のバスを逃してしまいました。清水さんが一生懸命バス停をさがしてくれて、7時10分のバスに乗ることができ、目的地へと向かいました。

 

登米市に到着する前に、バスの中で朝食をとり、少し休憩しました。その日の天候は大変悪かったのですが、道路沿いの緑が広がる景色に私は心を奪われました。私は、「こんなにも美しいところが災害に遭ってしまうとは、なんて惜しいことなのだ。」と思っていました。しかし、私たちは時間を戻すことはできませんし、それを受け入れなければなりません。私たちが今何ができるのかというと、自分たちの出来る範囲内で寄付したり、助けようとすることです。

 

私たちは10時頃、RQ東北本部に到着しました。出席をとった後、被災地へ向かう前に、ヘルメット、ジャケット、ゴーグル、手袋、長靴、マスクを身に着け、完全装備をしました。私たちは小泉チームに割り振られることになりました。私にとって、このような服装は新鮮な体験で、なんだか消防士か建築現場で働く人のように見えました。とても興味深かったです。

現地では、他のボランティアの方々と出会いました。雨がますます強くなってきたので、車の中で雨宿りをし、記念に何枚か写真を撮りました。その後、津波で流されたものを分別するという作業を再開しました。分別はリサイクルをするために行われていて、プラスチック、木材、衣服、ガラス、金属の5種類に分けました。天候は大変悪かったにも関わらず、被災現場をきれいにするという我々の決意が雨で止まることはありませんでした。雨がいよいよひどくなったとき、チームリーダーは安全のために、作業を中断することを決定しました。作業は午後2時すぎに終わりました。

本部に帰ってきてから、装備や道具を洗いました。ここではみな衛生面に気を付け、自律した生活をしなければなりません。重労働の一日を終え、私たちはごはんをおいしくいただき、楽しい時間を過ごしました。

体育館で、たくさんの人と一緒に寝袋で寝るのはとても良い経験でした。午前4時頃、マグニチュード4の地震で目が覚めました。怖かったですが、幸いにも何も起きませんでした。
 私は見たことが信じられません!自然の力というのはとても恐ろしく、痛ましいものです。
 宮城県は、緑がいっぱいで、観光に訪れるのにもとても良いところですが、予測できないありがたくない災害が彼らのもとを訪れたのです。お別れの時間がきましたが、これは終わりではなく、新たな友好関係の始まりです。

東北、そして日本にとって終わりの日ではなく、これは真新しいスタートなのです。手を取り合えば、日本はどんな試練も乗り越え、何かを変えることができるはずです!望みを捨てないで!陽きっとまた昇る。
 ずっと応援しています!

 

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