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津波の記憶を風化させないために、過去のレポートを集めて紹介しています。
今日はKachun Anders Chanさんがアメリカから寄せてくださった渾身のレポート第2章をご覧ください。

ボランティアツアーの最終日の作業場所は体育館でした。がれきの中から発見されたモノをきれいにする作業です。
全ての個人所有物は体育館に並べられ、服、掛け軸、バックパック、ハンドバッグ、領収書、免許状、スポーツ用品、トロフィーなどカテゴリーごとに分類されています。それらのモノたちは被災者が取りに来る日を静かに待ち続けているのです。とりわけ写真の数が多く、体育館の半分くらいが写真で覆われていたといっても過言ではないほどでした。
家族写真、結婚式、卒業式の写真。最近の写真は恐らくほとんど全てデジタル写真になっているのであまりなく、写真に映っている髪型やファッションの多くは70年代、80年代のもの。

この日の作業はバックパックやハンドバッグをきれいにすること。ボランティアスタッフはブラシや歯ブラシを使ってこれらのアイテムに付着した泥や砂を拭っていきます。ほとんど全てのバッグは空の状態ですが、時折、現金や身分証明書などがバッグから発見され、その場合、チームリーダーが身分証明書に書かれている名前を紙に書き写し、それを取っ手の部分にくくり付けていきます。他のグループの人たちは写真を水に付け、指で泥を落とす作業を行っていました。

体育館の外で作業を行い、一つのバッグの作業を終え、次のバッグを取りにいく時だけ中へ入ったのですが、体育館の中に入ると写真の山を確認しているおばあさんがいたのが偶然目に止まりました。おばあさんは虫眼鏡を手に写真を一枚一枚確認しています。

 

「あ、これは!これは私の!」と言う彼女の声がしました。彼女は両手で持った写真を胸の中に抱え込み、目が半目開きになっていました。笑顔が彼女の顔に浮かび、低い声で言いました。「ありがとう。ありがとうございます。」彼女は目からこぼれ落ちる涙を拭いながらも微笑み続けました。

それはかけがえのない大切な何かを失ったことに対する涙。そしてそれは失ったと思っていたかけがえのない大切な何かを見つけたことに対する涙。私にとってそれはここでやっている作業にどんな意味があるのかが目に見えた瞬間でした。

東京へ向けて出発する前にリーダーの男の人がこんな話をしてくれました。「日本では被災地の片付けを手作業でやります。がれきを掘り返し、被災者にとって重要なものが見つけ出せるようにです。機械だけでやると確かに作業はもっと早く進められるのですが、その場合、全てが失われてしまいます。それこそ被災者は本当に全てを失ってしまうことになるのです。」

被災者の思い出や大切な宝物はがれきの下にあります。あの女性の笑顔を見ることが出来たのはとても幸運でした。わずか三日間の滞在で、この旅の意義を理解することが出来たように思います。

 

過去に四川やハイチの地震、カトリーナによる洪水などの自然災害が起こった時、私はいくらかのお金を寄付しただけで、その後の生活は何事もなかったかのようにただ続いていきました。

強烈でしかも長時間に渡った今回の地震の日、私は自宅で床に膝を付き、ドアにしがみついて地震が収まるのを待ちました。頭の中が空っぽになり、次第にそれは東北での絶え間ない哀しみや福島の原発事故からの恐怖心で埋め尽くされていきました。そして周囲の人や自分の流す涙に直面しました。まるでページがあちこち抜け落ちた本を強制的に読まされているような気分でした。この全てが何を意味するのかが理解出来ず、この本をもう置いてしまいたい衝動に何度も狩られましたが、その度にこれは自分にとって重要なレッスンである、と自分に言い聞かせ、私は先を読み進みながら抜け落ちたページを探し続けました。

地震の後の数ヶ月間は自分の感情や恐怖心を意識的に制御する必要がありました。あれこれ作業に没頭しながら、どこかに隠れているかも知れない答えを探し続けました。そして東北に足を運ぶチャンスが来るのをただ待ち続けたのです。

 

東京から宮城に向かう途中で福島、相馬、宮城などの地名が書かれた道路標識がバスの窓のから見えました。(今回の震災前にはいずれも知らなかった地名ばかりです。)バスが石巻に到着した頃には、心の奥底にあるブラックホールにようやく辿り着けたような気がしました。

このボランティアツアーで何を学んだのか完全には理解出来ていません。ですが、抜け落ちていたページが少しずつ水面に向かって上昇してきているのを感じます。

東北に来たのは他でもなく自分自身のためです。

旅を終えた後、今回の震災の記憶をより直接的に受け入れているようになった自分に気が付きました。

私は体育館で見かけたおばあさんに「ありがとう」を伝えたかったです。彼女の笑顔は私の勇気になりました。彼女が津波以後にどんな思いをしてきたのかは私には想像することすら出来ません。

 

*Kachunさんの著書、「日本·再出發 - 在日港人311地震後感」は台湾と香港でしか発売されていないようですが、日本では東方書店を通じて入手することができるようです。

涙の行方、震災から6ヶ月 – 宮城ボランティア体験(3)「次の日本へ」につづく>>
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