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津波の記憶を風化させないために、過去のレポートを集めて紹介しています。
今日はKachun Anders Chanさんがアメリカから寄せてくださった渾身のレポート最終章をご覧ください。

ボランティアツアーのある日、午後二時くらいに、震度5.5の地震が起こりました。近くの山へと全員避難する必要があり、津波の危険はありません、という通知が出るまでそこで待機しました。

村に戻り、再び作業を開始しようとしたのですが、大きな地震がやってくるかも知れない可能性があるという役所側の判断により、結局全員また避難することになりました。ボランティアスタッフはしぶしぶ作業の手を止めます。作業を早く切り上げるために宮城までやって来た人は誰一人いません。

この二日間で私たちはこの手の肉体労働には休憩が不可欠である、ということ、この作業が終わるにはまだ後数年かかるであろう、ということを思い知らされました。目の前にあるがれきを眺めながら座っているのはさながら我慢比べのようでした。

その前の二晩、ボランティアスタッフ同士で一緒に座り、飲んだり話したりしていたのですが、この晩に限ってはその時間が少し長すぎました。今回のボランティアツアーのようによく知らない環境で、様々な人たちと話していると自分がバックパッカーだった頃のことを思い出します。

ボランティアの参加者は日本全国からだけでなくヨーロッパやアメリカから駆けつけた人もいました。スイス人のトーマスはそのうちの一人。彼はもともと旅行代理店で日本をターゲットとしたマーケティングマネジャーをやっていたのですが、地震の後、日本行きのツアーの予約は全てキャンセルとなり、新しい予約も入りませんでした。彼は仕事を辞め、北海道から九州までを歩いて旅することを決めたのです。人に明るいイメージとメッセージを送りたい、と彼は願っています。また20歳の男の子と19歳の女の子のデンマーク人のカップルも居ました。アメリカ人の親子も参加していました。息子は16歳でした。

自分の国で流れる震災のニュースが悲観的なものばかりであることに全員がフラストレーションを感じていました。多くの場合、状況を誇張したレポートがされているのが現状です。ですが、世界が日本に今注目し、多くの人が被災地に救援のために駆けつけているのはそのイメージによる部分が大きい、ということもみんな同意するところでした。

日本人の方で、ボランティア作業にすでに何度も参加している人もたくさんいました。70歳になる栗原さんはボランティアに参加した外国人グループに感謝の言葉を述べ続け、夕食の後にいつもビールをごちそうしてくれました。会話を交わした女性の方はもう四度目の参加だと教えてくれました。彼女の二人の娘は福島の原発近くの病院で三ヶ月ほどボランティアをしているそうです。

 

宮城から東京に戻るまでおよそ七時間かかりました。もうすぐ誕生日の人がいたので、ケーキと飲み物をレストエリアで買い込み、バスの中でささやかなパーティーを開きました。

宮城に居た時、友人の一人が岩手でボランティアをしていることを知りました。他にもこのボランティアツアーの間に様々な話を聞くことが出来ました。その中でも「石巻市」を英訳すると「Rock‘n Roll City」になる、というジョークは私のお気に入りです。

 

東京に戻った後、自分の部屋にあるモノを眺めながら、そのモノたちに付随する物語や歴史について思いを巡らせました。そしてがれきの山の中から私のモノをボランティアの人が見つけ出す場面を頭の中に描いてみました。

戻って来てから、今回の体験を数人(特に東北出身の人たち)に話すと、全員が日本を助けてくれてありがとう、と感謝の言葉をかけてくれました。彼らが示してくれた敬意に私も感謝しました。私自身もそれによって救われた気がしたからです。ですが、東北に行ったのは自分に対しての気持ちに収集を付けるためだったことも自分で分かっています。今回の旅では自分が与えることが出来た分よりも受け取った分の方が多かったように思います。東北の救済のために私よりもはるかに献身的なボランティアの人たちがたくさんいました。より意味のあることをやっている人たちも大勢います。私の貢献はほんの些細なものに過ぎません。

 

311の地震、津波、そして原発問題がどれほどショッキングで重大な事件であろうとも、最も大切なのは今回の震災から日本が再び立ち上がるまでの過程です。

東北が一日も早く復興することを願って止みません。
そのうちまた東北を訪れるつもりでいます。

 

*Kachunさんの著書、「日本·再出發 - 在日港人311地震後感」は台湾と香港でしか発売されていないようですが、日本では東方書店を通じて入手することができるようです。

 

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