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フランス人記者の通訳をするうちにRQを知り、支援活動に参加してくださっている、仙台にお住まいのフロさん。豊富な写真と、ユーモアあふれる文体で、支援活動をいきいきとレポートしてくださっています!
原文ブログはこちらです。本文および写真の著作権はフロさんに帰属します。

2011年9月24日土曜日
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この9月11日はおそらく世界的に、アメリカ同時多発テロから10年目という事に
最も世間の耳目が集まっていたことでしょう。しかし私たちにとっては震災6カ月という節目の日でした。

この前日、我々が「カフェ」を開いた場所でお祭りが行われました。
毎年開かれるお祭りが、9月11日、祈念式典に合わせて
延期して開かれたのです。

若者はほとんど皆、地元を離れて生活を始めていたので
(そして、ここでは多くの若者が亡くなったこともあり)
地区の方たちからRQのボランティアメンバーに
お神輿(神道のお祭りの際に運び出される祭壇のことです)の担ぎ手として
参加して欲しいと要請があったのです。

そうして本吉に班の車を停め、お神輿が出発する
小さな神社を目指して歩きました。
神社は下の写真の左奥にあります。

写真の右には、丘が津波によって文字通り二つに割れてしまった様子が見えます。
そしてそのふもとには、まるで地面にぽつんと置かれたように、民家の階が残っています。
すべてが手つかずのままで、RQのボランティアが取り組む仕事はまだ沢山あります。
しかし木や草が伸びていて、作業は容易ではありません

3月11日まで鉄道のレールが通っていた橋には
もう何も残っていません。

ただ、6月にはどうだったかというと、こんな感じでした。
(この写真は6月10日、ラジオ・フランスのグレゴワールと通った際に私が撮影したものです)

ようやく、神社が位置する小さな丘のふもとに到着しました。
わたしたちよりも早く到着したメンバーは「法被」を着ていました。
法被というのは洋服でいえばベストのようなものです。
この法被は津波後、がれきの中から見つかった大漁旗で作られています。
大漁旗を積んでいた船はなくなってしまいましたが
大漁旗は丁寧に洗濯され、こうして再利用されたのです。

2台あるお神輿の1台目です。
まさに神社を出発するところです。

出発の瞬間を動画に撮ったものです。
<動画は原文ブログでご覧ください。>
動画の最後では、獅子が私の頭をやさしく齧っています!
(後から説明しますね)

急傾斜坂道で道幅は狭く、そしてその下、
下の方では、たった6カ月前には、大きな村落があったのです。
今はもう何もありません・・・・。


・・・雑草と家の基礎が残っているだけです。


昨年までは、道の途中お神輿は各家庭の前や
お店の前で止まっていたようです。

この虎は、ここに建っていた家に置かれていたのでしょうか?
きっとそうですね・・・・・




わたしたちは川の土手沿いにお神輿を担いで行きました。
この場所で川はかなり大きな河口を形作っています。
津波の破壊力がどれほどだったかわかりますね・・・・



そしてなんとも痛ましい風景のただなかで
私たちは、とても感動的な神道の儀式に参列しました。


どのチャンネルかは忘れてしまいましたが日本のテレビ局が来ていました。
<動画は原文ブログでご覧ください。>

誰もが皆、涙を流していました・・・・

そして儀式が終わると再び、慎重な足取りで出発しました。
お祭り行事の続きが行われることになっている
小学校へと続く坂道を登ったのです。

地元の男の方(おそらく漁師さんですね)が、紙コップを配っていました。
みなさんどうぞ、お酒です。飲んでください!!!

と言いながら、私の手にもコップが渡されました。それがしきたりです!!!
というわけで、私もお酒を頂きました。

お祭りの続きは次回。

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