イラスト・文:(つるさん)こと 鶴木賢司 

 

№5 宮城県気仙沼市唐桑地区 破壊・流失して防潮堤にのる家屋 2011.7.2(JT)

RQが活動する気仙沼市・唐桑地区の小さな漁港、津波で流失した家屋二階部分が防潮堤にのっている。
被災してすでに4ヶ月に近い、これを眺めつづける被災された方の心境を思うと心が痛む。

 

№6 宮城県気仙沼市 津波で打上げられた巨大なマグロ船 2011.9.18

津波で港から800mも流され、打上げられ鎮座したマグロ船、支柱で転倒を防いでいる。喫水深さを考えると、襲った津波の高さ、押し流す波の力は想像を絶している。この船を津波被災モニュメントとして残そうとする動きがあり、論争が起こっていると聞く、どうなるであろうか。

 

№7 宮城県気仙沼市 地盤が沈下、満潮時に街区まで海水が浸入  2011.9.15(NS)

地震は地殻変動をともなった、多くの被災地で地盤沈下が発生した。気仙沼市も大きく沈下、満潮時には海水が市街地に浸入してくる。潮が水鏡になって街を映す、生活できない街に変わってしまった。

 

№8 宮城県南三陸町 歌津・伊里前の惨状 2011.7.4

 南三陸町・歌津の中心、伊里前の惨状である。ガレキ撤去は遅々として進まず、被災から4ヶ月、いまだ津波に襲われたままの姿を残す。左手の橋脚群は国道45号線パイパス高架、橋桁はすべて落下流失、右手の仮設復旧した電柱群は国道に沿う。ここ伊里前は天皇・皇后両陛下が慰問され、傘をたたまれ、そぼふる雨のなか海にむかい深々と一礼されたところである。被災された人々に「生きていてくれて、ありがとう」と、お声を掛けられたのが画面右外にある歌津中学校・避難所である。

 

№9 宮城県南三陸町 歌津・伊里前 三島神社付近の被災建造物 2011.7.5?(MH)

 三島神社は伊里前の氏神さま、階段をあがり鳥居のさき、高台に鎮座する。神仏習合の名残りであろう、鐘楼があった。神社参道のガレキ・漂着物撤去に活躍したのが、RQ歌津センターの先輩ボラたちだ。

 

№10 宮城県南三陸町・志津川の被災地 ガレキに咲く向日葵 2011.7.4?(YK)

 志津川は南三陸町の中心地、市街は壊滅した。そのガレキのなかで向日葵が咲いていた。野に咲く花の生命力を思い知る光景だ。被災された人々も歩きだし、この花とおなじように力強く咲いて欲しい。

 

<続く>

 

このレポートはRQでボランティア活動に参加されたつるさんが、ご自宅に戻られてから丁寧にまとめて下さった「東日本大震災 震災ボラ・イラスト集(配布版) 2011年・悲しみの光景と絆 「つるさん」と「ボラ仲間」がみた被災地」のイラストとそれに添えられたつるさん自身の手になる解説を、つるさんの許可を得て編集を加えずそのまま掲載するものです。
※すべてのイラスト・文章の著作権はつるさんに帰属します。一切の転載・転用は固くお断りします。

 

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