イラスト・文:(つるさん)こと 鶴木賢司 

 

「RQ市民災害救援センター」の本部は東京・日暮里にある。そして、東北本部が宮城県登米市東和町に拠点を構える。
この団体は純民間ボランティア組織で、エコ・ツーリズム、自然学校など、アウトドア系団体が集まって、今回震災支援を目的に作られた組織である。設立ポリシーはピラミッド形組織ではなく、ボラ参加者全員で自主運営される活動である。
活動内容も自分で選び、すべてのことを参加者の相談で決めることが原則、そんな組織である。ある意味、自己完結が求められる個人ボラの集合体である。これが、「つるさん」好みだった。リピート参加した大きな要因であろう。他団体のことは知らないが、二度三度とリピートするボラが多いのも「RQ」の特徴、上記ポリシーに共鳴する人が多い証拠であろうか。

8月上旬までは、右の旧鱒渕小学校・体育館で寝泊りした。ここから、沿岸部の被災現場に出かけ活動、そして、帰る毎日を送っていた。

 

No.17 「RQ」東北本部(8/中旬、体育館から移動) 旧鱒渕小学校・校舎
 
校舎は南三陸町中瀬地区の被災者の皆さんが、二次避難所として使用されていた。RQが使う体育館は
隣、ボラ活動を通じて中瀬地区の方々との交流は緊密。仮設住宅が完成した後、一斉入居のため8月4日に避難所閉鎖式があり、皆さんは離れた。その後、登米市の好意で「RQ」が借用、東北本部が移転した。校舎の形は、生息北限として国の天然記念物に指定されたゲンジホタルをイメージしたもの。6月末から7月初め、鱒渕川でみたホタルはみごとなものだった。この地区の皆さんはホタルのため、清流をまもり川を汚さない、RQも洗剤を使わないで洗濯している。

 

No.18 南三陸町志津川・中瀬地区 駐車場用地の整備  2011.6.26?

 中瀬地区で仮設住宅の建設が進んでいた。不足する駐車場をおぎなうための作業、この整備にRQが
協力した。重量ガレキ撤去、木片、折れクギや金属片、ガラス、雑草の根を含め徹底して回収、4日間で完成した。しかし、あとでここは仮設住宅が追加建設された。これも、RQボラが整地したからこそ建設用地として利用されることになったのだと、密かに思い込んでいる。ちなみに、中瀬地区では全国で初めて私有地に仮設住宅が建設された、これは同地区の区長さんらの筆舌に尽くせぬ奔走の結果である。

 

No.19 南三陸町志津川・袖浜 昼に憩うRQボラ  2011.6.24?

駐車場用地の整備では、昼食を志津川・袖浜海岸でとっていた。日陰があり、三陸らしい海に惹かれた。右手の島は「荒島(あれしま)」、島ぜんたいが神域である。えん堤で陸続き、鳥居は津波で流失。中央の岩場でウミネコが羽をやすめミャオミャオにぎやか、一見のどかな風景。しかし、画面右外に砂に埋る漁船(イラスト№11)、左手外に更に一隻沈んでいる、ここも悲しみの海であることに変わりはない。

 

No.20 気仙沼市小泉地区 重量ガレキを撤去するRQボラ 2011.6.29(JT)

小泉は気仙沼市の南、南三陸町と接する地区である。ガレキ処理の遅れが目立つ地域だった。RQは
6月中旬から本格的ガレキ撤去活動を開始した。イラストは、水田に横たわる鋼板屋根を撤去しようと
する姿を描いた。ロープをかけガレキ置き場に移動させる、撤去に成功したときは思わず拍手。

 

No.21 気仙沼市小泉地区 ガレキ・漂着物の回収作業  2011.9.14

復興予算がつき、小泉でも建設会社が重機を用いてガレキ撤去を進めはじめた。しかし、重機で拾い
残す細々としたガレキ、漂着物回収は人の手が頼り、これにRQボラが活躍する。この日は、ボラツアー38名との協力、年令は20~70才、男女比率は4:6、初参加の方が多い。暑いなか熱中症に注意を払い、予定域の処理をすべて無事完了した。ボラツアー参加者の意欲は高く、大きな力になる。

 

No.22 気仙沼市小泉地区 集積したガレキをローダーで回収 2011.9.14(JT)

回収したガレキ・漂着物は、金属、ガレキ、ガラス、プラスチック、木材、布・衣類などに分別する。
効率は落ちるが決められたルールに従うしかない、細かい回収物は土のう袋に詰め集積する。大きなものは集め、最後に建設会社のローダーで回収、ダンプカーで市指定の集積場に持ち込む。この会社の責任者も被災者である、避難した高台から自宅が流されるのを見ていたそうだ、「アッという間、なんも感じなかったナ、あっけないものサ、ホント、笑うしかなかったヨ」と、苦笑いしながら語った。この人は、どれほどのつらさと悲しみを秘めているのか、かえす言葉がなかった。

 

 漂着物の回収を進めると、被災された方にとって大切だった物品が見つかる。「つるさん」が目にしたのは、位牌、表札、トロフィー、卒業証書、各種証明や免許証、クレジットカード、写真とネガフィルム、アルバム、現金が入った財布、裸の一万円札、小銭は数知れず、なかでも写真やアルバムは重要である、洗浄・回復できそうなものは持ち主の手元にもどることを願い大切に扱う。これらは「思い出品」として特別の袋を用意、後日、地区社協などの関係機関に託すことになる。RQ歌津センターでは独自に写真や思い出品の洗浄、修復をする活動もおこない多数の回収品・写真を持ち主の手にもどしてきた。

 

<続く>

 

このレポートはRQでボランティア活動に参加されたつるさんが、ご自宅に戻られてから丁寧にまとめて下さった「東日本大震災 震災ボラ・イラスト集(配布版) 2011年・悲しみの光景と絆 「つるさん」と「ボラ仲間」がみた被災地」のイラストとそれに添えられたつるさん自身の手になる解説を、つるさんの許可を得て編集を加えずそのまま掲載するものです。
※すべてのイラスト・文章の著作権はつるさんに帰属します。一切の転載・転用は固くお断りします。

 

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