南三陸再訪!そして、初めての聞き書き活動

2月11日土曜日。初めてRQ聞き書き活動に参加しました。南三陸町を訪れるのは8ヶ月ぶりです。
昨年の4月にRQのデリバリー(支援物資の配送)で、小さな避難所や孤立住宅を探して支援物資を届けて回りました。
あの場所は、今はどうなっているのだろう?
その思いをずっと持ちながらも、なかなか再訪が叶わずにいました。

数ヶ月ぶりに訪れた真冬の南三陸町は、田んぼや更地になってしまった住宅跡地にはうっすらと雪が積もっていましたが、青空も出ていて、波はとても穏やかでした。
私の記憶は4月の瓦礫が続く荒野のまま止まっていましたが、今回訪れてみると、壊れかけていたガソリンスタンドは真新しくなって営業していたり、流された建物が乗っかっていた橋は改修されて通行できるようになっていたり、
ラーメン屋さんや仮設のコンビニもそこかしこで開いていたり・・・、少しずつ、人の営みが感じられる場所に戻っていました。

今回の聞き書き活動のタスクは、歌津の仮設住宅にお住まいのSさん(男性)とIさん(女性)を訪問し、完成した自分史をお届けして、さらに追加で細かいお話を伺い、記録内容や写真の公開に関する承諾書にサインをいただくことでした。首都圏から参加した3名と、仙台在住で車を出してくださっているメンバーの、合計4人一組での活動です。

世代を超えた興味深い話題

午前中にお邪魔したSさんには、学徒動員のことや、保護司という仕事について(Sさんにお聞きするまで知らなかった!)、地元で一株6000円もする超高級キノコを採り行くこと・・・・などなど、話題は尽きず、お昼にお孫さんが遊びに来るという時間ギリギリいっぱいまで、お話を伺ってしまいました。
今の私たち世代では体験していない出来事や、都会暮らしではちょっと想像できないような伝統や暮らし方、食べ物など、本当に興味深いものでした。

話し手の自分史に登場する場所を訪ねて

空き時間を利用して、午後に訪問するIさんが育った気仙沼の大谷海岸に行ってみることになりました。
日本で一番海に近い駅だった旧・大谷海岸駅は、駅舎の2階の天上まで壊れている様子が外からも見えました。
地元では有名な海水浴場だった砂浜は、地盤沈下でほとんど海の下に沈んでいて、土のうが高く積み上げられていました。

右手前の黒い物は土のう。以前は砂浜が10m以上先まであったとのこと

地元の最新トピックや復興への動きにもアンテナを

次に、先ほど通りかかって寄ってみたいと思っていた、歌津伊里前地区の『復興(福幸)商店街』にもメンバーが連れて行ってくれました。
衣類や日用品のほか、地元で獲れた魚や手作りのお総菜、地元の方が作った小物等が売られていました。
地元の女性がデザインしたというTシャツは、龍に子供が乗った切り紙の絵柄で、私は即、買ってしまいました。

表。今年は辰年だし。復興の願いを込めて

裏のデザインもぬかりありません!

話題の絆ロールや、オクトパス君の缶バッジ、絵はがき、写真集、手編みのマフラーやたわし・・・・小さくて心のこもったものがたくさんありました。

小さくて心のこもったものがたくさん

そうこうしているうちにちょうど約束の時間になったので、Iさん宅に伺いました。
完成版の自分史をお届けするとIさんは、「わーっ」とうれしそうに手にとってくださいました。
その表情を見て、この聞き書き活動をする喜びを感じました。(私が作った自分史ではないのですが)

大谷海岸へ行ってきたことを話すと、幼い頃の話や実家の話に花が咲き、
子供の頃に食べた木の実の名前が出たので、どんな色と形のものか知りたくてスマートフォンで検索してみました。
その画像を見て、「そう!これこれ!」と子供に戻ったように、どうやって食べたのか身振り手振りで教えてくださいました。

津波の日のことや、その後の避難生活についての話題では、当時ボランティアをしていた側からは決して知ることができなかった、被災された方々側の気持ちや事情、地域の軋轢などを率直に話してくださいました。
数ヶ月経った今だからこそお話ししてくださったことだと思いますが、支援活動の難しさをあらためて実感しました。

途中から顔を出してくださったIさんのご主人はとてもシャイな方でしたが、「来年にはもうここにいないよ!仮設を出ているよ!」と、一からまたワカメ漁を再開する意気込みを力強くおっしゃっていました。
実際の目に見える復興よりも地元の方々の気持ちのほうが、一歩も二歩も先に進んでいるように感じました。

タオルを使って、収穫したワカメの結び方を説明してくださるIさん

ぜひ現地を再訪してほしい

「聞き書き活動」とはどういうものか、参加するまではなかなかイメージができませんでしたが、「被災地支援」だとか「ボランティア」だとか、あまり気負ったものではなく、もちろん「カウンセリング」や「傾聴」でもなく、むしろ「地元の方に会いたい、お話を聞きたい」という純粋な気持ちでの活動でいいんだな、と思いました。
地元の方々に寄り添うようにして、地域の文化や伝統をお聞きしていて、「以前の風景はなくなってしまったけれど、ここではこんな暮らしをしていたこんな方々がいたんだ」という記録(記憶)を残すことは、とても意味があることだと感じました。
この小さな積み重ねの作業が、いつか積もり積もって、その地域の風景の色や音や匂いまでも浮かび上がらせるようなものが作れたらいいですね。

首都圏に住む私が震災直後とは違うフェーズでどう被災地と関わっていけるだろう?、と考え続けてきましたが、よりいっそう、細くとも長く現地と繋がっていたい、と思いました。

首都圏在住で仕事をしている人でも、週末に現地に足を運ぶことと自宅で作業することのバランスが取りやすい活動だとも思います。
特にRQのOG・OBには、ぜひ現地を再訪して、地元の方々とのご縁をつなげていただきたいです。

聞き書きプロジェクト マキレイ

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