今日は一周年。
わたしも現地の各所で行われる慰霊の場に参列します。2万人近い人が亡くなり、今も3000人を超える人が遺体すら見つかっていません。67年前に終わった戦争以来の出来事です。
甚大な災害だったことは事実ですし、今なお被災し続けているという困難な状況もあります。それでも、この1年でやるべきことを日本はしたのだろうか、そんな思いを抱かずにはいられません。仕事の出来ない内閣と仕事をさせない野党の政治家たちの醜さをいやというほど見せられました。

 

昨年11月末でボランティア活動を終了宣言したRQは、少人数の皆さんが各拠点で細々と越冬活動をしながら、わたし達とともにこの冬にやったことは、新しい活動を生み出すための研修でした。12月早々から4波に分けて密度の濃い研修を第一線に立つエコセン世話人が延べ20人、講師となって行いました。受講したのはRQ各拠点の越冬チームと鱒淵地域の皆さん、それに被災地の若者たちです。

 

3.11一周年直前に研修は多くの成果を生んで終了し、各拠点はそれぞれに自立への道を歩き始めました。RQ唐桑は「唐桑海の体験センター」、小泉は「RQ小泉ボラセン」、歌津は「歌津てんぐのヤマ学校」、河北は「リオグランデ」。掲げるメインプログラムはそれぞれ特色あるものです。

 

RQ登米は、一般社団RQ災害教育センターが直轄で運営する「交流センター」機能と「ハブセンター」機能を併せ持った「RQ登米復興交流センター」(仮称)という組織になります。ここの運営は鱒淵地域の皆さんが総意でRQとの協働運営にあたることを合意して体制を組むことになり、春からは、「被災地支援」と「地域支援」の2つの柱で活動を作っていきます。

 

被災地は冬を前に緊急支援型の活動がほぼ収束し、代わりにより困難なテーマである自立支援と地域(コミュニティ)再生が問われるようになり、その変化に対応できないボランティアチームは存在意味を失って、現地から離れていきました。個々人で現地に残ったものの、効果的な活動が見出せ無い若者たちもいます。地域が元気になって行くために、一方通行で支援する形が終わりました。これから被災した漁師や農家の皆さん、地元の皆さんが講師やガイドとなってみなさんを受け入れる活動も徐々に動き出します。

 

RQは地元住民たちとの協働を掲げて地域を元気にするためのさまざまな取組みができるような組織で再出発します。目標がクリアなだけに、地元の皆さんの支持を得て、船出できる環境に恵まれました。

 

3月下旬にはそれぞれに再オープンします(HPを注目してください)。
ボランティアの受入れも始まります。あるいは、ボランティアというよりも「地域再生支援員」的な募集をおこなう唐桑のようなスタイルもあります。春から自前の財布で動くために、ボランティアも食費実費を出して活動する形になります。被災地ツアーも積極的に受け入れるし、RQ主催の被災地スタディツアーや鱒淵地域の地元学ツアーも繰り返し実施されるでしょう。
次の1年、地域の再生に向けて勝負しましょう。

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