〜広瀬敏通 2011年5月7日(土)東京本部「現地ボランティア説明会」にて〜
【RQ市民災害救援センター活動レポート・番外編】

 
 

「災害ボランティア」とは

最後にひとつお話ししたいのは、私たちは、「災害ボランティア」だということです。災害ボランティアというのは一般のボランティアとちょっと違うんです。

一般のボランティアは、自分の日常の中の空いた時間を、自分の気の向いた活動に振り向ける活動が大半です。無償の行為ということで理解されています。

 
ところが、災害ボランティアというのは、一時的にどーんと集中する活動が求められていて、しかも機能的に効果的にやることが求められています。ずっと日常的にやるようなボランティア活動ではない。そこでは「自立」すること、「自己完結」とか、「自己責任」という言葉がよく使われます。それは、言葉としてはその通りなのですが、ただ、自己完結とか自己責任というと、ちょっとネガティブなイメージも伴ってしまって、「私はそんなことはできないわ」となってしまう。それが今回、ボランティアが非常に少ない理由のひとつになっているのです。

 
で、気持ちは「自己完結、自己責任で来て下さい」なんですね。ただ、来てみれば、「なんだご飯も三食しっかりおかずもついて食わしてもらえるじゃないか」ということはあります。それはあります。でもいつ食糧が途絶えてしまうかもしれない。

 
ボランティアのためのボランティアというチームを作り、ボランティア活動ができるために、たくさんのボランティアが食事を作ったり、事務的な仕事や調整的な仕事を担ったりしているわけです。そこには多くの地元の中学生や高校生も参加してくれています。

 
地域の皆さんが、今の時期だとほとんど毎日、山菜を天ぷらに揚げて持ってきてくれる。山菜をただ持って来てくれるのではないのです。山で山菜を取って、それを湯がいて、おひたしにしたり天ぷらにしたりして持って来てくれるのです。それは我々が天ぷらにする手間が大変だろうと心遣いですね。なにしろ連休中は全部のボラセンで300人越えていましたから、登米だけでも180人越える時期がありました。その食材は、地元の人たちが、これを食ってくれと調理して持ってきてくれるものがたくさんありました。

 
そんなような活動が災害ボランティアを支える活動としてある中で、災害ボランティアは、「自己完結」という言葉を使って活動しています。自分で寝袋は持ってこよう、自分で動ける服装はしてこよう、と。そこへ行ったら専門的な組織があってそこで服を全部着替えさせてくれて、食べさせてくれて、最後お小遣いもらえるなんてことはあり得ないですから。

 
ということで自己完結、自己責任というのは私たちの中では非常に重要な考え方です。だから怪我も自分持ち。怪我しないようにしましょう。不可抗力で怪我をすることは、現在のところ、ないと考えています。不可抗力ではなくて、やはりいろいろなミスですね、ミスの積み重ねで起きています。極力事故を招かないための措置を、RQの体制としても作りますが、ボランティアに来る皆さんが、絶対私は事故らないという気持ちで来てもらいたい。それがまず一番ですね。

 
現地では皆さんボランティア保険に入っている状態ですから、万が一怪我した時にはその保険を適用することになります。現在までのところ、大きい怪我は幸い一件も出ていません。入院したり縫ったりするような大きな怪我はでていません。これは非常にありがたいし、みんなが今言ったような気持ちを共有しているからです。

 

創造的な活動の展開

災害ボランティアは、皆さん背景が異なります。全く皆さんの履歴書も求めないし、何をやってきたのかも求めません。ただ、当日その場に来た顔ぶれで私たちはチームを作っています。ですから、名前は皆さん持っていますけれども、ニックネームをつけている人が大変多いです。ニックネームということは、その人の個人的な背景には誰も触れていないで活動しているわけです。それなのに、もうずーっと何年も一緒にやってきたかのような、創造性ある秩序をもった活動が生まれています。

 
これを私たちは私が指示して作ったのではなくて、こうやって参加してきたボランティアの人たちの発案でやっているのです。基本的に皆さんが出す発案は断りません。全部受け入れます。但し、一日でポシャるものもいっぱいあります。若者たちの足湯のプロジェクトというのも、「やってみたら、やるためにはこんな資材が必要」「これとこれ用意してあげるからやったらいいよ」という感じで始まりました。でも、誰もお客さん来なかったらポシャるのですが、彼らはお客さんが来ないことにあせって一生懸命隣の避難所に勧誘に行ったりして、自分たちでプログラムを作っていった。

 
そうやって生まれたのがこのRQの様々な活動です。毎日毎日夜のミーティングで改善されていきます。これこうしたほうがいい、ああしたほうがいいよ、と改善されていきます。そんなような活動がある種の秩序をもって機能的に運営されている。これはすごい驚きで、現場に行かれたら皆さんたぶんびっくりすると思いますよ。えー、こんなに幅広い活動やっているの、しかもみんな二日や三日で帰ってしまう人が、長くても一週間の人が、こんなことやっているなんて、信じられないですよね。申し送りはするのですが、申し送られた人がそのままその日帰ってしまうなんてしょっちゅうですから。そんな状態で運営されているのです。そんな状態でなぜできているかというと、それは多分、目的がひとつだから。いろんな方向を向いている人たちだったらできないですね。それは烏合の衆ですから。ただ、我々が単なる烏合の衆にならなかったのは、ひとつの目的を持っているから。

 
それは、「この被災地で、被災者になんとか自分たちの活動を通して、貢献したい、役に立ちたい、という思い」だけです。具体的な中味はそれぞれみんな違う。自分はご飯を作ることで、自分は車の運転ができるからご飯を届けることで、自分はがれきをかたづけることで、木を伐採することで、いろんな思いはそれぞれあるとしても、目的はひとつですね。それでできている、これは「緊急時の秩序」というわけです。

 

ぜひ、被災地へ

被災地行くとかなり、現状に打ちのめされます。話を聴けばきくほど、打ちのめされますね。とても涙もろくなります。で、それはある種、心がすごく柔らかくなってしまうということ。普段の生活では、何十も殻をかぶった自分の心が、被災地に行くと、殻がどんどん壊れて心が柔らかくなってしまうのですよ。で、目の前の出来事に涙したり笑ったり、いろんなことがあります。

 
という中で、まあ、一緒に泣くものいいのですが、泣きっぱなし、悲惨な状態にしかめっ面になっているだけでは、行かなくてもいいんじゃないの、と思いますね。私も、それから熊みたいな佐々木豊志君も、心の中は泣くような場面がいっぱいあるのですが、私たちができるのは、笑顔で元気で、被災した人たちと向き合う、その笑顔や元気が被災した人たちを支えているのです。それをやっぱり皆さんもしっかり理解してもらいたい。毎朝のミーティングは、「さあ、笑って行こう!」ということをやっているわけです。それはとても大事なことです。

 
これからボランティアの数がどんどん少なくなっていくなかで、ちょっとやばいという気持ちを私はもっていて、このままではいくら我々が笑顔と元気を届けようとしても、被災者の人は孤立感をどんどん深めていきます。あ、きのうまで100人いたのが、今日は70人、50人、ついに10人になってしまった。やっぱり孤立感は非常に深めて行くわけです。それは自立する意欲を衰えさせて行きます。

 
そのようなわけで、私たちはまずボランティアとして、子どもでもお年寄りでも、男の人でも女の人でも、とにかく行ってもらいたいのです。行けば必ずその人のできることがあります。そういうことを作っているのが私たちだし、また皆さん自身が作ることができるのです。他の行政系のボランティアセンターでは、それは残念ながらできていません。がれきの片づけだけをやらされたりするわけですね。それはそれで大事なのだけれど、私たちは民間なので、民間らしくいこう、というわけで、いろんなことをやっている。

 
なぜこんなにいろんなことをやるのかというと、これは「人間の社会」だからです。人間の社会というのはひとつのことだけで機能しているわけではないですよね。いくら緊急時とはいえ、人々は生きていて、いろんな会話を交わしていろんな心の持ち様があるわけですから、様々な関わりを持つ人が増えれば増える程、その人の社会がイキイキとしてくる。そんなことで私たちはいろんな活動をどんどん続けて行きますので、皆さんも周りの方に呼びかけて、ぜひ行って下さい。

 
昨日私は東京に来るにあたって、「広瀬さん、絶対ボランティアさん連れてきてよ」と強くみんなに言われました。私は信頼で成り立っていますので、それを裏切ることはできませんから、ぜひ皆さん、行って下さい。よろしくお願いします。
 
以上
 
(テープ起こし・編集:中野民夫、ページ作成:たむらかおり)

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