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8月6日(土)東京本部で、「聞き書き」の研修会が開催されました。

 

たくさんの方が参加を希望されながら、人数の関係で出席のかなわなかった方、参加したい思いがあってもスケジュールの都合で行けなかった方もいらっしゃったかと思います。
今日は「聞き書き」超初心者として参加した者の立場から、この研修会の様子をレポートします。
このレポートがすこしでもみなさんのお役に立てば幸いです。
(文中の感想は筆者個人のもので、RQの立場を代表するものではありません。予めご了承ください)

 

講師にお迎えした高田研さん(都留文科大学教授)は、長年にわたって「聞き書き」活動をご自身で実践されてきた方ですが、
穏やかなお人柄と、ユーモアを交えた語り口に、「この方には気を許してなんでも話してしまいそうだなぁ」と納得してしまう、リラックスした雰囲気の中での講義でした。実践も含めての3時間があっという間でした。

 

高田さんの「聞き書き」活動の原点

 

被災地とは直接関係のない話題ですが、高田さんの「聞き書き」活動の原点をどうしても知っていただきたいので、長くなりますが書きます。

 

関西では、小学校の道徳の授業から取り上げられながら、いまなお解決の難しい問題として横たわる部落差別問題ですが、
高田さんは、教員をされていた頃から、この問題に取り組んでこられました。その取り組みが「聞き書き」活動でした。
教師としての立場から、学校で預かっているお子さんの「親御さんのこれまでの人生とはどういうものだったのか」というアプローチで考えてこられたのです。
そのころ、ある被差別部落であった地域には、「皮なめし工場」がありました。
皮革製品の原料となる「原皮(ゲンピ)」は南米などから塩漬けにされた状態で輸入され、この工場に運ばれてきました。
この、入ってくるときから放たれる、原皮独特の臭いが皮革工場周辺には漂っていました。

その地域に住む人の職業は、総じてこの工場で働くことでした。
この原皮を運ぶ、危険な薬剤を入れて加工し、毛を抜き・・・なめす工程は想像を絶する重労働だったのです。その工場の中に間借りして住む親子もいました。
臭気に覆われた環境のため「友達を招くこともできないの。」とお母さんは語ります。感受性の高い思春期にアイデンティティの喪失に直面し、なかには非行に走る子もいます。当時の皮工場で働く親達の多くは隠された差別のカベにあって採用されず、職業選択の自由なくしてこの工場で働くことを余儀なくされた人々が多くいました。※

 

そのような地域の子どもたちに「自分の親がどのようなおいたちで苦労をして生きて来たか」というライフヒストリーを知ってもらおうとして「聞き書き」を始められたそうです。

高田さんが「聞き書き」するうちに驚いたのは、その地域に文字の読み書きのできないお母さん達がいることでした。
学制が発布されてからもうずいぶん経ち、義務教育で当然通えるはずの学校があったはずなのに、なぜ読み書きができないのか。
それは学校に通わせてもらえず、「竹田の子守唄」※さながらの子守労働をさせられていたからだったそうです。

その苦難の人生を語っていただくことで「自分の親が生きてきた人生を振り返り、いまここに生きていることの意味を見出す」
ことができれば・・・。それが「聞き書き」を貫く願いでもあると感じました。

 

そのころの活動について、高田さんは
就任当初「すごい匂いなんですけど、人間て不思議なもんで、慣れるんですよ。通わしてもらい始めたころは、悪いけど、ジュースだしてもらっても正直ゆうて、飲めないんです。でも何回か通ってるうちに、慣れてくる。いまなんか懐かしい匂いですね。もうほとんど当時の工場もなくなりましたが。」

また、他の非差別部落ですが、活動されていた地域の方が地域活動のあゆみを本にまとめて出版されたのを偶然、ある本屋で見かけたのですが、
その本を出すきっかけが「聞き書きからはじめた、まちづくりワークショップ」活動であったことを知った時は感動された、ともおっしゃっていました。

 

高田さんはその後、日本に帰ってきた中国残留婦人のライフヒストリーの聞き書きなどもされたとのこと。
このお話も、これほどの過酷な人生があるだろうか、というようなものだったのですが、人づてに聞いてさえ、これほど心を
揺さぶられるのに、実際に「聞き手」となる自分にそのような重いものが受け止めきれるか、という不安がよぎりました。
「聞き書き」はそんなに簡単なものではないのだということが、次第にわかってきました。

 

「聞き書き」とは何か

 

ここで、「聞き書き」とは何か、という位置づけについてですが、実際に「聞き書き」をする際に、「話し手」に事前にお配りしている「お願い」リーフレットに書かれている文章を下記に記します。
(現時点のものですので、リーフレットそのものも改訂されている可能性があります)

 

「今回の津波被害では、数多くの方々が大切なご家族、ご友人、そして思い出の品々をなくされました。本来でしたらご家族、ご親族、ご友人の方々と語り合い、紹介しあう相手や品々が失われてしまったこと、心よりお見舞い申し上げます。
 私たちの「聞き書き活動」ではみなさんのこれまでの半生(生い立ちから現在まで)を90分程度のインタビューを通じて聞き取り、文章にして本人にお返しする活動です。
みなさん自身がこの文章から、これまでの半生を確認していただいたり、そして次の世代へと語り継ぐものとして、お手もとにお持ちいただけるのではと思います。
 また、地域の数多くのみなさんにご協力をいただくことにより、長年にわたって地域のなかで継承され、積み上げられてきた「くらしの文化」を再生、復興させていくことにつなげていきたいと考えています。」

 

つまり、わずか90分間という時間の枠の中で、話し手の何十年という人生を聞きとるという、本当に難しい作業です。
難しい作業なのですが、お一人お一人に複数の「聞き書き」メンバーが真摯に向き合い、聞き取ることで、
事実の羅列ではない、そのかたの人生の物語をつくるお手伝いをしようというものです。

 

「聞き書き」は「カウンセリング」ではありません

 

「聞き書き」活動を始めてすぐ、高田さんが気がついたことがありました。
この活動には、被災された方に元気になっていただきたい、という思いを持って参加される方がおおいと思うのですが、
「カウンセリング」に興味を持っている方が多く来ていたそうです。
「カウンセリング」とは、本人の悩みに関する質問を投げかけ、
「話し手」自身が自分の中にすでに「答え」を持っているので、「質問者(=カウンセラー)」がそれを発見していく「お手伝い」をし、
元気になっていただくという心理学の手法です。
この手法を「聞き書き」に持ち込んでしまうと、次のようなことが起こり、「聞き書き」が成立しなくなります。

 

● 「カウンセリング」は質問をあまりせず「話し手」の話したいことを徹底して聞くことになるため、
   話題が一つのことに集中したり、
   「話し手」の人生全体でなく、一時的な事象やそれにまつわる感情に時間が費やされてしまうため、
   時間内の聞き取りに失敗する。

 

「話し手」の個人史を聞き取るということに関しては、「聞き手」の効果的な質問が重要な要素となります。
「カウンセリング」では極端に質問の数が減ってしまうため、「話し手」に本来語っていいただくべき「個人史」全体から
「個人の悩み相談」へとずれていってしまうのです。

 

そういうことももちろん、必要なことですが、私たちの役割はあくまで「聞き書き」であることを認識し、
「カウンセリング」とは切り離して進めることが必要になります。

 

次に、具体的な聞き書き活動の内容と、ワークショップの様子をお伝えしたいと思います。
>>「聞き書き」研修会:参加レポート(2)へ

 

※筆者注:皮なめし工場で働くこと自体を否定するものではありません。問題は彼らに職業選択の自由が実際になかったことで、「皮革産業に力を尽くしたい」といった積極的な意思でなく、その地域の外に出ないように囲い込む社会構造、その皮なめし工場を経て作られたバッグやベルトを嬉々として身につけながら、そこで働く人を差別する人間の傲慢さというものについて深く考えさせられたお話しでした。
※「竹田の子守唄」
「守りもいやがる 盆から先にゃ 雪もちらつくし 子も泣くし 盆がきたとて なにうれしかろ 帷子はなし 帯はなし 
 この子よう泣く 守をばいじる 守も一日 やせるやら   はよもゆきたや この在所こえて むこうに見えるは 親のうち 」

 

>>「聞き書き」研修会:参加レポート(2)

 

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