震災発生から半年が経つ前日の9月10日(土)、いつもより少し拡大した現地ボランティア説明会が西日暮里で行われ、ボランティアという形を通して、どんな試行錯誤があった半年だったのかを振り返りました。

 

この日、説明を聞きに集まってくださったのは70名。
早い時間に到着して会場設営を手伝ってくださる気合の入った方々もおりました。
半分くらいが、RQもしくは別の形で、今回の震災ボランティアで現地に入ったことがあり、残り半分くらいが、震災ボランティアで現地にはまだ行ったことのない人々でした。

 

はじめに本日の司会者から、RQの成り立ちをはじめ、ボランティアの共同生活、次の日の仕事の決まり方などを美声とはきはきした態度でもって、紹介がありました。
会の途中で起きた少し大きめの地震にも、冷静に非常口案内をして場を仕切りました。

 


次に、広瀬総本部長。手書きの紙芝居で、RQの特徴を初めての人に分かりやすくお話ししました。

 

その特徴というのは、
「現場から学ぶ」
「自己責任—やりたくないことははっきり断る」
「公平ではなく不公平な活動」
「ルールは最小限」
「ボランティアのためのボランティアがいる」
などです。

 

そして、震災ボランティアに関わる人たちの大きな関心ごとである「RQはいつまでやるの?」という紙が掲示されて、広瀬さんは1つの絵を描きました。

その図は、災害復興支援がどのようなステップを踏んできているかというもの。震災直後から、物資配達や避難所生活を支える“緊急”支援に始まり、現在、“自立支援”、仮設住宅での“生活支援”に活動が変化していきました。それが今後は“地域支援”へと続いていきます。
この地域支援段階では、すべてボランティアで運営し随時人員の入れ替わりのあるRQのようなまとまりで関わっていくのではなく、長期的に関われる団体にしたほうがよいのです。

 

それはどのような形を目指すのか。提示されたのは、今のボランティアセンターを発展させたような自然学校を被災地に作って、地元住民・被災者・ボランティアによる運営でやっていくということです。
RQのこれまでの活動自体が、外からやって来たボランティアが片づけだけを担う、送迎だけを担う、というものではなく被災者、地元住民の方々とともに話し合って一緒に形作ってきたものでした。
そのやり方を受け継いで、地元民たちとボランティアが一緒に協働できる自然学校というような場を作って、継続的に地域復興に貢献することを目的としています。
この形は固定のメンバーの割合は増えそうですが、ボランティアの力が引き続き重要だと、感じました。

 

今のRQの形は12月まで、と具体的な期限も発表されました。
>詳しくは「広瀬総本部長:9/10RQ説明会「RQを発展させ、さらなる支援を続けよう」

 

冬までに何ができるのか。何が求められているのか?
そんな気持ちに拍車をかけたような会場の雰囲気の中、3月から被災地に入り、長くRQを通じてボランティアに携わってきたササコ姐さんがお祭り好きの血をたぎらせて立ち上げた「こどもゆかたプロジェクト」の体験を話しました。

 

「祭りが好きだから、津波で浴衣や甚平が流された子どもたちに、夏のお祭りに間に合うように何かしてあげたい」という熱い思いからスタートしたプロジェクト。
普段のお仕事の経験を活かして、企画書を作成し、現地と東京を行き来して、形になっていきました。

 

震災直後は熱にうかされるように現地へ行きましたが、頻繁に行けるわけではないという時期が来て、だけど、一度向こうへ行ったからこそ何かをしてつながっていたい、という気持ち。
そのような思いが結実したのが、東京から浴衣・甚平の募集発信をして、東北本部へ送っていく、このプロジェクトだったと思います。
プロジェクトがどのような結末を迎えたのか。可愛らしい子どもの晴れ姿を見れば、お分かりいただけますね?

>もっと詳しいレポートはブログへ。
現在は、女性支援センターが登米本部で立ち上がり、東京からも材料やアイデアをどんどん出して、ふたたび東北と東京がつながっていく活動も始まっています。

 

次に、被災した子どもたちに楽しい夏休みキャンプを!ということで、登米と歌津で行なわれた「子どもキャンプ・親子キャンプ」に参加した、ガマさん。
実はガマさんは、3か月前にこの説明会に参加していた説明会卒業生?でした。今回が初めてのボランティアだったという会社員のガマさんのお話は、説明会参加者の背中をぽん、と押してくれました。

キャンプというと、火をおこして野外テントのまわりでファイヤー!…というイメージでしたが、お話を聞いてみると、手作りのピザやカレーなどの食事、食事に使う箸やテーブル、看板やお風呂を作ってみたり、キャンプファイヤーでは不思議な原人が登場する等。とてもバラエティ豊かな活動です。
ガマさんは、蛇口が一つしかなかった水道を使いやすく作り直したりもしました。被災して初めての夏休みの子どもたちが自然の中でのびのびしていて、からだも頭も使って、とても愉快で楽しい雰囲気にあふれたものだというのが、報告するガマさんの様子からも伝わってきました。
>子どもキャンプ・親子キャンプ

 

10月の連休にもキャンプの実施を予定しているので、興味のある方はホームページを随時チェックくださいね。

 

最後は、ケータイに話すことをまとめてきてくれたユッキーさんです。
ユッキーさんは、RQの登米本部が7月末まで拠点にしていた体育館の隣で避難所生活をしていた南三陸町志津川中瀬地区の方々と3か月にわたって、交流してきました。
その交流は、お茶っこ(現地の言葉で、お茶を飲みながらおしゃべりなどすること)の場をアレンジしたり、足湯を用意したり等
コミュニケーションを提供するような活動で、顔をあわせていくうちに、ひとりひとりの人間としての付き合いになっていたようでした。

この写真は、親しくなった方がお仕事に復帰されて遠洋漁業に出航するときのお見送りの一コマ。「一年後にまたここに行かなきゃならない理由ができました」と、これからも長く“えこひいきのボランティア”を行なっていくと語っていました。
そして、“支援”ではなく“支縁”という言葉をもって、災害ボランティアがモノや技術、人海戦術だけではない、その土地に生きている人との、絆をつくっていくことだと教えてくれました。

 

経験者の話に共通していたのは、東北で被災した方々の“笑顔”。
つらい思いをしている人たちが、“笑顔”になっていくのを見られるのがボランティアとしての醍醐味かもしれません。そして、説明会自体でも“笑顔”がたくさんおこってました。発表者そして説明会参加者のみなさんの前向きな気持ちを感じました。

 

最後に、「メモっこ—聞き書きプロジェクト」に参加したカワモト君が、どうしても伝えたいことがあると言って、飛び入りで報告しました。

大学4年生の最後の夏休みを利用して、RQのメモっこに参加したカワモト君は地元の方のお話を聞く中で、ふるさとへの愛を強く感じたと言います。
そして心に残ったこととして、「家やものを流されたことは、それほどつらいことじゃない。ただ、この津波でたくさんの人が命を失っていること、それを忘れないでほしい」と
言われたことをお話ししてくれました。

 

あれから半年たった今。このような思いを抱えている方がいることを再び、思い起こしました。
この言葉を胸に、明日からはまた元気に、自分ができることと、誰かのためになることをつなげていけたらいいなと思いました。

 

(東京ボランティア 井上)

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