“がんばろう東北”
色んなところで目に耳にするこの言葉。
でもこの言葉を口にする自分はまったく想像できなかった。
 
流された家の跡で泥水を掻き分けて私物を探す人を見て、
「一緒にがんばりましょう」なんていえるんだろうか・・
ここに来るまではそう思っていました。
 
朝5時に家を出て東京の乗り合いバスに乗り、
滋賀県からきたいつも笑顔の大学生。
  
山形から身一つで4時間かけて車で駆けつけた49歳の穏やかな男性。
 
フランスから授業を休んで飛んできた、顔は日本人の日系大学生。
 
二人で参加していた、延べ9年も付き合っているという20代の若い夫婦。
 
いつも見返りを求めない性格で人の面倒まで進んでこなす、
まっすぐな背筋がまぶしいパーソナルトレーナー。
 
現場で皆が疲れて足を止めても、
一人だけずっと動き続けていた無邪気な農工大生。
 
普段はツアーガイドとして世界を回っている、
背の高いフランスのナイスミドル(男) 。
 
韓国から会社を休んで来てくれた28歳の体格のいいやさしいお兄さん。
 
そして日ごと入れ替わりで出入りする数十名のボランティアをまとめるため、
センターのルールを、時に厳しく、強く、注意してくれる
現場のリーダーさんや総務のスタッフ。
 
日頃あまり感謝されないけれど(感謝してるよ!)、
それこそ日替わりの担当メンバーで
精一杯の料理を作ってくれるキッチンスタッフ。
 
全ての人たちが、自分の時間を割き、
自らの将来よりも今ここに来ることを決めて来ている。
みんなに本当に勇気を貰った。
  
今度フランスの人に会ったら、滋賀の大学生に会ったら、
韓国の人にあったら、農工大生にあったら・・
あなたのいた地域に、学校に、同じような職業の人に、
こんな人がいました、と話すと思う。

まだ被災者の方に「一緒にがんばりましょう!」とはいえない気持ちだけど、
ひとつだけ確かなことができました。
 
必ずまた来ます。また会いましょう。
  
by登米ボラ 東京八王子市在住 36歳 ネットワークエンジニア Take 

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