私、牧野は昨日の昼にRQ東北本部につき、本日から4日間を予定する震災ボランティア活動を開始しました。

今日の私の役割は、前日夜に決めた、被災地としてニュースでよく取り上げられる南三陸町の被災地の一つ歌津支部に日帰りで漂着物の撤去作業をしに行くことです。

朝6時に起きて豪華な朝食(メニューは白米、蕨、胡瓜の漬物、麻婆豆腐、リゾット!)を頂き(同じボランティアの方の手作りです)、7時半に出発、5人1台で山を一つ越えて南三陸町に入りました。
 
車に揺られて坂を下って町の中心地に向かう途中で高台の中腹に小さい漂泊物だけでなく車や家具などが草に埋もれているのをみるだけで驚いたのですが、駅の前を通った時は衝撃を受けました。
 
そもそもそこには駅と呼べるのは何もなく、前方に海、左右に丘が見えるのと見渡す限りの平地に建物の土台と道路だけが残っている風景にぽつんと、陸橋や土台が押し流された高架部分にホームだったらしきものが乗っているので、かろうじて駅だったとわかるありさまでした。
 
また、支部に行く途中にも20m位上った道路脇にもぼろぼろの車や鉄柱などの残骸が残されているのも、過去最大級といわれる津波の大きさとその破壊力をまざまざと思い知らされ、絶句しました。
 
支部に着き、現地に滞在している支部の方々と挨拶をし、今日の活動内容が道路脇の沢全体に溜まっている発泡スチロールの山を撤去することだと伝えられる。そこで皆で作業着(カッパ・ゴーグル・ヘルメット・粉塵マスク・ゴム手袋・長靴)を装備して、早速現地に向かう。
 
下り坂の途中で避難所になっている中学校を右に見て現場に着く。巨大な白い発砲スチロールの池を見る。25mプール一杯以上の量があり、白いので雪の丘になっているのを見て驚く(後で流出元の人から聞くと港の水産物発送場からここまで流されてきたらしい)。
 
しかもこれでも作業4日目で、初日のビフォー状態の写真を見ると白い池状態!なのでここまで減っていることにも驚く。

作業は1日6時間働いてその内1時間は休憩に使う。内容は発泡スチロールを砕いて小麦とかを詰める1㎥位の袋に入れるだけなのだが、量が大量にあり、かつ1つ1つ膝や足で砕く必要があるのと発砲スチロールに水が入っていたりするので(魚よりは断然まし)、カッパなどの装備は必須だと思った。作業は周りの人と喋りながら進むので結構楽しく進んだ。
 
また、昼食に青空の下で食べたキムチラーメンは美味しかった。更に良かったことは1日10人掛かりで片づけたら、地面と用水路が見える場所まで片づけられたことだ。この分だと後2日もあればこの場は終了し、次の片づけ現場に行けそうだ。そしてそれをやり続ければ、漂泊物廃棄はいつか終わる(車や家などの大きなものは自衛隊の方が片づけます)。
 
廃墟と化した駅を見て、暗い見通ししか浮かばなかったが、それでも希望が見えたよい1日だった。
 
by 登米ボラ 牧野
 
 

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