東京からキャンプに参加してくれて、歌津の小学生たちと遊びながら交流できてよかったですね。お祭りごっこの前に撮った写真は、みんな本当にいい笑顔だったので、しおりにして持ち歩いています。

その後、歌津の子どもキャンプ場は、ボーイスカウト出身の栃木の中学生半田くんや、同じくボーイ出身の佐賀の若いお坊さん「永平寺くん」の助けも借り、藪を切り開いて自然を生かした「子どもの町」になっていきつつあります。来るボランティアさんごとに、「どんなことが得意ですか」「では、こういうものを作ってみましょうか」と毎日新しくアイデアをつのり、やってみながら新しい遊びの可能性を思い付き、大のおとなも夢中になりながら自然と格闘して、つり橋を水路にかけてみたり、「きのこの山」の探検路を作ったり、ヤナギ林の中に枝を編んで部屋(図書室?昼寝部屋?天狗神社社務所?)を作ったり。さわと田植した千葉県野田市の江川水田ビオトープで共生ファームのスタッフから復田の仕方も習ったので、さえずりの谷のガマ池の横と、谷を下りた反対側の林道横の広い湿地は、水路を整備して来年には子どもたちが田植えを出来るようにしたいと思っています。
 
RQ歌津センター
 
9月18日にデイキャンプというお知らせを手描きのポスターと(うちで眠っていた)謄写版印刷の手刷りのチラシで今日から宣伝しはじめました。天狗のお面をかぶって中学校に行き竹法螺を吹いたところ、ちょうど集まっていた小学生たちが何人も参加したい、と集まってくれました。虫採りが楽しみな子もおり、天狗の面をかぶって「天狗ファッションショー」をしようという子(ちほちゃんは髪が長いのでとても似合ってた:笑)もおり、さらにはお母さんまでが「ドラム缶風呂いいですね。入りたい」と楽しみにしてくれたり。さわに再会できるのも楽しみだとみんな言ってくれています。お店を失った中華田中さんはお昼にチャーハンを作ってくれるし、ちほちゃんのお母さんたちが食事を手伝ってくれるとも言ってくれています。
 
RQ歌津センター
 
さわも参加して作ったお神輿や獅子頭を保管する「天狗神社」を、こんどのデイ・キャンプでは作りたいと思っています。モウソウチクはこちらにはないのではないかと思い、野田共生ファームにあったものを郵送しようとしていましたが、こちらでお母さんたちに話したら、けっこうこっちにもモウソウチクの竹林はあるとのこと。家の裏の竹を切っていいよと言われたので、RQのみんなで竹伐採に行くことにしました。ちょうど竹や木を切る専門のボランティアさんも来ているところ。きのこの山には、たくさんの種類のキノコが生えているので、それを摘んで、歌中仮設におられるきのこ名人のおじいさんに見てもらうつもりです。谷に下りる「ホタルの小道」に(間違えようのない)キヌガサタケが出たので、それは中華スープにして食べましたよ。竹を刈らせて下さるお宅のお母さんの話では、おじいさんはマムシを採っては割いて蒲焼きにしてしまう人だそうです。広島のうちのおじいさんと同じですね(笑)。そういうおじいさんおばあさんの知恵や技術が、キャンプなどで子どもたちに見せられる機会があるといいなと思います。
  
RQ歌津センター
 
ガス屋の宏一さんは竹で帆船を作ったりする器用な人です。さわが来た時に「娘さんの顔を一目見たい」とトラックで来てたおじさん。さわが描いた赤べこ絵付けの「歌津のまつり」絵皿を見て、「娘さん、細工ものが好きそうだから」と、メカジキの角をくれました。字を書くか、彫り物をすると飾りものになるとのことです。なにか作品にしてお見せしなくてはね。RQセンターにはお風呂がないけど、宏一さんのところでももらい湯をさせてくださることになりました。夜遅くまで、地域の復興への想いを語ってくださいました。
 
父さんの趣味のマラソンは、こちらでも朝4時に起きて修験の霊峰・田束山まで走り、不動堂で鐘をつき、蜘蛛滝でおいしい水を汲み、途中の里山のコイン精米機でセンターの洗剤がわりの米ぬかをもらって帰るというルートでやっています。ちょくちょく一緒に走るボランティアさんがいて、その翌日からさえずりの谷整備を手伝う「チーム・スパイダー」に加わってくれたりします。最近では、草刈りでこどもの町の道づくりをしてくれた「せいたさん」。
 
今度のデイキャンプには、さわと母さんが来てくれるということを地元のお母さんにも伝えました。母さんが保育者だと言うと、「3歳児の母親が、もう限界だと言ってまーす!もうすぐに来てくれていいでーす」と東京の方角に向かって叫んでいました。震災から6ヶ月になるけど、余震も怖いから外で遊ぶなとか、周りを気にして大声を出すなとか、子どもたちもずいぶん我慢させられてきて、「安心して遊べる遊び場」が本当に欲しいのだと言っていました。RQ前にある棚田跡のエリアは、そういう遊び場として整備して、地元の人たちに引き渡したいと思っていますが、他にもいろいろなものが津波で失われて、いま必要な社会的専門サービスをどう立ち上げなおすのかという課題がたくさんあるのだろうと思います。
 
父さんがこっちに来てしまって、家の家事とかいろいろなことがさわの肩にかかってきているでしょうね(母さんは相変わらず週末も含め朝から晩まで仕事で忙しいようだし)。家族が一緒に過ごせる短い期間には、わたしたち家族がこれからどういうふうに暮らしていくのかということを、じっくり話しあいたいです。災害ボランティアというのは一時的な滞在者として被災地に留まりますが、父さんがやろうとしているお祭りの応援とか、田んぼも含めた自然あそび場の整備は、もう少し長い期間の関わりになるのではないかと思います。さわや母さんもこちらにずっと来いと今すぐは言えませんが、歌津という町が第二の親戚のいる故郷みたいなものでもあり、自分がやりたかった「ビオトープ管理士」のしごと場でもあると、父さんは思い始めています。
 
うちの生き物たちやベランダの野菜たちは元気にしていますか。もしコガネグモが手に入ったら、こちらの子どもたちに父さんとさわで「くも相撲」を見せてあげるのもいいかなと思っています。こちらにはたぶんコガネはいなくて、ナガコガネグモしかいないので、ナガコガネ合戦でもいいね。
 
ここで毎日を一生懸命過ごしていると、なかなかパソコンに向かう余裕が作れないのですが、今日はちょっと長い手紙になりました。
 
RQ歌津センター
 震災津波から半年にあたる慰霊祭の日、RQ歌津センターにて。

RQ歌津ボラ スパイダー・蜘瀧

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