10月はじめからRQが寝泊まりと食事をさせていただいている石泉(いしずみ)活性化センターで、地元の方との交流のティーパーティーをしました。昼間活動しているRQセンターのある「浜」地域の多くが津波で全壊しましたが、その際にすぐに水や食料などの支援を送り込んだのが石泉などの「丘」「山」の人たちでした。歌津の特徴として、山と海が接近していて人々が助け合ってきた歴史があるようです。

 

パーティーに用意されたのは、RQから総務ちぃちゃんのお母さんが焼いて送ってくださったクッキー、地元の酪農家のお母さんが焼いたイチジクのケーキ(このあたりがイチジクの北限なので採れるのは珍しいようです)。そして「さえずりの谷」のクルミ・サルナシ・栗を入れたケーキを、子どもたちの「カフェ・さえずり」名物として出しました。このこだわりのケーキは、水・電気・ガスを使わないレシピで、リンゴとサルナシをつぶした水分で粉をとき、ペール缶オーブンでスギっ葉だけで焼きます。「谷」の遊び場常連である小2の子どもたちがスギの葉を集め、明け方の大雨で濡れてしまった葉を苦心して燃やしたので、午前中にケーキ一枚を焼くのがせいいっぱいでした。夏休みキャンプ以来、火起こしにガスバーナーやライターを使わないという「山伏の原則」を尊重する彼らは、薪がすべて湿っていてもあくまでマッチ一本から焚き火をしようとがんばります。そんな子どもたちが準備を手伝った「カフェ・さえずり」のケーキをお届けすると、石泉のお母さん達・おじいちゃんおばあちゃんたちが拍手を送って下さいました。子どものひとりは、学校で書いた「キャンプ場に現れた天狗の詩」を朗読もしました。

 

石泉は、里山の伝統ゆたかな土地で、ちょうど稲刈りを終えてはざかけ干しの季節です。おかあさんたちは震災で中断していた味噌作りの再開を相談したり(これも学校で子どもたちと共同でする計画があります)、くるみ餅を作って食べようと誘って下さったり。「スパイダーさんはいつまでいるんですか? 12月に鏡餅を皆なで作るので、そのときまで居て下さいね。約束ですよ」と念を押されました。お父さん達は、子どもの頃に弓矢やこうもり傘と火薬で鉄砲を作ったことから、伝統文化であるどぶろく作りまで、山の「昔あそび」「おとなの遊び」を自慢げに語ってくださいました。ちょうど昨日は田束山(たつがねさん)の計仙麻大嶋神社の例祭にあたって数名の氏子さんが集まったそうで、「蜘瀧さんもお誘いしようかとおもったのですが・・」と区長さんには言っていただきました。神社の復旧、お祭りの復興については、記録ビデオを紹介することを通して町の外からも支援を集めたいと以前から情報発信してきたので、さらに地元の方との話し合いを重ねたいと思います。本来4年に一度で今秋に開かれるはずだった伊里前地区を中心とする三嶋神社のお祭りは、ここ石泉では区長さん含め数名だけが本神輿を担いだことがあるそうで、「格式のある神輿で、誰でも担げるものではない。特別なものだ」とおっしゃっておられました。「以前はもっとすごい暴れ神輿だった。神輿だけはぶつけて家を壊しても文句は言わせない。神様が家を壊されるのだから」。特別なお祭りだという誇りが、ここの地区の皆さんにもあるようでした。同じテーブルには、本来は今年の笛太鼓指導を担うはずだったというお祭りの芸能部長さんの娘さん(小6)も同席していました。

 

災害ボランティアから、地域支援・自立支援へという活動のなかで、こうした地元の誇りを尊重し、再びコミュニティが活性化していく歩みを、わたしたちも小さな力でお手伝いしたさせていただければと思います。

 
歌津「さえずりの谷」 スパイダー・蜘瀧

 

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